敷かれたレールを

小難しい話をするつもりはありませんが、人は文明社会に生きている以上何かの奴隷になっていると思います。

「自分はそんなことはない」と思っている人ほど要注意ではないでしょうか。現代の奴隷の怖さは、自分が奴隷となっていることに気づけないところにあると思います。

学校、職場、家庭など、奴隷としての勤め先は人それぞれですし、複数の勤め先を持つ人もいるでしょう。

僕は一年間休学し世界一周の旅で挫折して途中で帰国した身ですが、帰った後に「自分は奴隷だった」ということを悟りました。

バイトも授業もレポートもなく、時間だけが途方もなく潤沢に与えられた期間を過ごしました。その時、自分がとりわけやりたいことがないということに気づき、敷かれていたレールを失って完全に不安定な状態になってしまいました。

考えてみると、僕は大学2年(休学前)まで学校の奴隷となっていたのでした。今までただ与えられた課題をこなし、大学受験でも真面目に勉強して今の大学に入りました。将来のことはよくわからなかった(あまり考えたことがなかった)ので、とりあえずできるだけいい大学に入っておけばいいと漠然と考えていました。

しかし、それで本当に自分自身が幸せになれるとは限りません。現状、今の大学に入って強く後悔していることはありませんが、勉強以外にももう少し頭を使っておくべきだったとも思います。

どのような人生を歩めば自分は幸せになれるかということを早い段階から考え、自分だけの幸福論を構築し、それを実現するために向かっていくことが重要だと思います。

少なくとも、ただ漫然と親や教師の言うことに従っていれば幸福が訪れるほど甘くはないと考えています。

まずは自分が奴隷であると言うことを自覚することから始まります。そのような点でも、休学や世界一周など、世間とは少し身を離すことで新たに見えてくるものがあるのではないでしょうか。

特に、休学してみると自分がいかに学校に依存していたか痛感できます。無論、学校制度を否定しようとしているわけではありません。ただ、気づかぬうちに奴隷になっていることを自覚し、自分にとって本当に大切なものに目を向けることが、後悔を減らすためには必要になるのではないでしょうか。